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飯豊町

萩生城

はぎゅうじょう

本丸と二の丸の間の堀切

本丸は、城址公園となっており、長い土塁を見ることができる。

城館の特徴/見どころ

当地を代表する連郭式の平城で、長い土塁や堀跡がはっきりと見られる。

城館の歴史/伝承

城主・国分こくぶん氏は伊達信夫しのぶ地方や最上もがみ地方等広範な領地を有したが、後に萩生に領地を集約して本拠化した。応永おうえい年中(1394-1427年)、毎夜西方から数万騎の怨霊が現れ太刀をひらめかせつつ叫ぶので、祈願所として恩徳寺おんどくじを館の郭の中に移したという。蒲生がもう時代、赤座八右衛門あかざはちえもんが入ったとされる。

別名 -
所在地 飯豊町大字萩生1380-3マップへ
史跡地指定 町指定
築城時期 1380年(伝承)、15世紀頃(発掘調査)
築城者 国分政信こくぶんまさのぶ(伝承)/城主:国分氏、赤座八右衛門あかざはちえもん(伝承)
探訪レベル A1(※)
探訪適期 積雪時除く4~11月
お問い合わせ 飯豊町商工観光課
0238-72-2111

(※)探訪レベルについて

探訪レベルについて 探訪レベルについて
概略図

略測図:山形県教育委員会「山形県中世城館遺跡調査報告書 第1集(置賜地域)」(平成7年刊)より一部転載

縄張図凡例

縄張図・略測図凡例
縄張図・略測図凡例

復元イラスト

  • 城址公園入口にある「萩生城址」の石碑

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    城址公園入口にある「萩生城址」の石碑。旧コミセン建物左側に土塁が見える。

  • 城址公園(本丸跡)西側の土塁

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    城址公園(本丸跡)西側の土塁。道路で切断された南方向。先に物見櫓があった。

  • ②と同じ位置から恩徳寺(二の丸)方向

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    ②と同じ位置から恩徳寺(二の丸)方向を見る。奥の杉林のところが土塁。

  • 貯水池になっている本丸堀跡

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    貯水池になっている本丸堀跡。土の高まりが土塁で先端に物見櫓があったとされる。

  • 城址公園(本丸)と恩徳寺(二の丸)の境

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    城址公園(本丸)と恩徳寺(二の丸)の境。この幅いっぱいが空堀だった。

  • 恩徳寺北側の堀跡

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    恩徳寺北側の堀跡。水を湛え、いかにも堀のイメージをかき立ててくれる。

  • 恩徳寺西側の空堀跡と土塁

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    恩徳寺西側の空堀跡と土塁。堀の幅がよく分かる。

  • 土塁

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    現存する土塁の長さ、高さともに見ごたえがあり、当時の雰囲気を実感できる。