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白鷹町

荒砥城

あらとじょう

本丸と二の丸の間の堀切

荒砥城全景。標高210mの独立丘を利用した平山城。

城館の特徴/見どころ

最上もがみ領に接する一大要害として設置された。八幡宮周辺の水堀、空堀、土塁、帯曲輪がよく残り、また、近隣の「殿町」「古城廻り」といった地名から町屋を含めた総構えの城であったと推測される。

城館の歴史/伝承

源義家みなもとのよしいえ後三年ごさんねん合戦時に石清水いわしみず八幡宮を勧請して戦勝祈願を行った場所に築城された。9代伊達政宗(儀山ぎざん)家臣の馬場将監ばばしょうげんが堀を巡らすなどの整備を行ったと伝わる。
1574(天正てんしょう2)年、最上義守よしもり義光よしあき父子の内紛に介入した16代伊達輝宗てるむねは、荒砥城に本陣を設けて出兵した。

別名 八乙女城やおとめじょう石那田城いしなだじょう
所在地 白鷹町大字荒砥乙1092マップへ
史跡地指定 町指定
築城時期 伝 永長えいちょう年間(1096~1097年)
築城者 荒川次郎清泰あらかわじろうきよやす/城主:大立目おおたつめ氏・水野三左衛門みずのさざえもん
探訪レベル A1(※)
探訪適期 積雪時除く4~11月
お問い合わせ 白鷹町教育委員会
0238-85-6146

(※)探訪レベルについて

探訪レベルについて 探訪レベルについて
概略図

略測図:山形県教育委員会「山形県中世城館遺跡調査報告書 第1集(置賜地域)」(平成7年刊)より一部転載

縄張図凡例

縄張図・略測図凡例
縄張図・略測図凡例
  • 城跡東側の虎口と思われる緩やかなカーブ。

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    城跡東側の虎口と思われる緩やかなカーブ。

  • 城館跡東南に残る水堀跡

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    城館跡東南に残る水堀跡。幅は縮小されているようだが、往事を偲ばせる。

  • 登城道

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    御楯稲荷神社鳥居の右隣の道が本丸への登城道にあたる。

  • 御楯稲荷神社

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    御楯稲荷神社。長谷堂合戦に向かう直江兼続をキツネが導き、狐越街道の名前の由来となった。

  • 本丸跡

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    本丸跡。

  • 本丸西側に広がる帯曲輪

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    本丸西側に広がる帯曲輪。

  • 蛇井戸跡

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    蛇井戸跡。有事の際はこの井戸から水があふれ、空堀を水で満たして城を守ったと伝わる。

  • 八乙女種まきザクラ

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    「八乙女種まきザクラ」(県指定天然記念物) は、荒砥城設置後まもなく植えられたと伝わる。