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川西町

原田城

はらだじょう

本丸と二の丸の間の堀切

本丸と二の丸の間の堀切。遊歩道からは深さがよく分かる。

城館の特徴/見どころ

大河ドラマ「もみノ木は残った」の舞台となった。曲輪の間の深い堀切が今も確認できる。

城館の歴史/伝承

伊達家15代当主伊達晴宗はるむねが築き、原田はらだ美濃介みののすけの時代に原田家が拠点とした。1591年に17代伊達政宗が豊臣秀吉の命により米沢から岩出山いわでやまに移封となり、原田家も移動となった。

別名 藤ヶ森城ふじがもりじょう
所在地 川西町大字上小松5104-1マップへ
史跡地指定 なし
築城時期 1532年~1555年頃
築城者 伊達晴宗はるむね/城主:原田はらだ美濃介みののすけ・原田左馬助宗時さまのすけむねとき
探訪レベル A2(※)
探訪適期 積雪時除く4~11月
お問い合わせ 川西町産業振興課
0238-42-6668

(※)探訪レベルについて

探訪レベルについて 探訪レベルについて
概略図

略測図:山形県教育委員会「山形県中世城館遺跡調査報告書 第1集(置賜地域)」(平成7年刊)より一部転載

縄張図凡例

縄張図・略測図凡例
縄張図・略測図凡例
  • 「置賜公園・原田城址」の標柱

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    「置賜公園・原田城址」の標柱。近年整備された公園西側入口。

  • 西側本丸跡

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    西側本丸跡。西の端に野外ステージが建つ。

  • 二の丸跡側から本丸跡を望む

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    二の丸跡側から本丸跡を望む。

  • 二の丸跡全景

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    二の丸跡全景。

  • 二の丸跡(右側)を望む

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    遊歩道の登り口から二の丸跡(右側)を望む。

  • 本丸、二の丸を分断する堀切

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    稲荷大明神の参道まで、本丸、二の丸を分断する堀切が続いている。

  • 稲荷大明神の後ろに残る土塁

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    稲荷大明神の後ろに残る土塁。

  • 築城時に尾根を切り、境目とした堀切

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    築城時に尾根を切り、境目とした堀切。かなり深く本丸裏の防御を果たしたと思われる。