:戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

戦国観光やまがた情報局
米沢市南部地区
直江兼続史跡めぐりマップ

「米沢南部地区直江兼続史跡めぐりマップ」PDFファイル

直江兼続は、米沢藩初代藩主上杉景勝公を支えた
文武兼備の智将です。
関ヶ原敗戦後、上杉家の米沢移封に伴い執政として
米沢の城下を整備。現在の城下町米沢の基盤を築きました。
現在でも米沢市の南部地区には、兼続ゆかりの史跡が数多く
残っています。
兼続ゆかりの地を訪ね、自由に散策してみましょう。

ご注意
米沢の南部地区は、米沢駅や上杉神社周辺からは
かなりの距離がありますので、お車での移動を
おすすめします。
お足元の悪い場所もございますので、充分注意
するようにお願いいたします。

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2009/06/26 20:40:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
天地人博2009
米沢に観光へ来られた方の
駐車場情報です。

詳細はこちらのページをご覧下さい。
天地人博2009 駐車場情報


無料駐車場
伝国の杜駐車場 普通車100台
おまつり広場駐車場 普通車300台 バス16台
興譲小学校向い臨時駐車場 普通車80台 
焼肉いろり脇臨時駐車場 普通車30台 


有料駐車場
米沢市営駐車場(米沢市中央1−9−4) 
 料金 最初の30分90円 以後30分80円
平和通駐車場(米沢市門東町3−2−46) 
 料金 1時間200円
よねざわグランドパーキング(米沢市中央1−11−10)
 料金 1時間150円 8時間〜24時間 1200円
大沼デパート駐車場(米沢市中央1−2−17) 
 料金 10:00〜18:30までの時間は30分ごとに50円 
    18:30以降は割り増し料金

米沢市営駐車場・平和通り駐車場
よねざわグランドパーキングをご利用の方は、
天地人博2009のチケット窓口で駐車券をご提示ください。
ご乗車の方全員を団体割引料金といたします。



バス臨時待避所
米沢総合公園 バス臨時待避所:平日 
置賜総合支庁 バス臨時待避所:土・日・祝祭日


市民のみなさまへのお願い
伝国の杜駐車場、おまつり広場駐車場は、
市外からの観光客の方が優先的にご使用いただけますよう、
ご協力よろしくお願いいたします 。

天地人博2009 駐車場情報
2009/06/26 20:12:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
「天地人コレクション」コーナーは6月13日(土)より6回目のテーマとなります。

ファンの皆さんお待たせいたしました。今回のテーマは「政宗と景勝・兼続」です。7月10日(金)まで開催いたします。

 政宗と景勝との関係は、共通の利害の上に立った天正10年代には友好的でした。しかし慶長5年(1600)には東軍・西軍に分かれ、景勝・兼続は政宗の激しい攻撃を幾度となく迎え撃ちました。江戸時代には幕府のもとで文化的交流が確認されます。
二人の関係は、戦国から近世へと移っていく時代を反映していたともいえます。その具体的な動向、兼続の関わりなどについて紹介していきます。


 今回展示する甲冑は伊達政宗所用「黒漆五枚胴具足」(仙台市博物館蔵)。名前だけではピンとこないかもしれませんが、政宗のシンボルとしてよく語られる三日月の前立の甲冑で、今回展示するものは幼少の頃より政宗の側に仕えてきた家臣の菅野家に伝わったものです。米沢は政宗の生まれ故郷。本展はこの甲冑にとってはひと時のお国帰りでもあります。本当に見逃していただきたくない展示品の一つです。
 また伊達氏は戦国時代、米沢を本拠地としていました。今回は米沢時代の伊達氏およびその時代の上杉氏との関係についても展示の中で紹介いたします。
  
政宗といえば1987年放映のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の渡辺謙さんの熱演が思い出されます。今回は松田龍平さんが演じられるそうですが、どんな政宗を演じられるのでしょうか。そちらも楽しみです。

今回も見どころ満載です。ぜひ足をお運びください。

2009/06/14 18:51:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
米沢のまち歩き観光には!
この米沢あるき通り名マップで散策しよう!
通り名マップと携帯片手に城下町散策!

米沢駅から上杉神社周辺まで
このパンフレットのデザインと同じのぼりが
町中に掲げられていますが、こちらは米沢市と
米沢商工会議所の実施している「米沢あるき」事業

この紺地日の丸ののぼりを目印に、米沢を散策してもらい
歩いてまちなか観光を楽しんでもらおうというものです。
さらに米沢の各商店街では同様のデザインのフラッグを
街路灯に掲げ、街なか観光を盛り上げております。

マップは米沢駅から上杉神社周辺のルートを中心に
記載され、米沢の財産でもある旧町名、通り名が
記されてあります。

歴史探訪コース、街めぐりコースと距離、移動時間も
記載されてあります。
さらに、町中にあるQRコードを読み取れば
周辺スポットが表示されます。

ぜひこの地図を片手に米沢の街歩き観光を
楽しんでみてはいかがでしょうか

米沢あるき通り名マップPDFファイル

このマップは米沢駅や主要観光施設に設置してあります。


※こののぼりのデザインは米沢の景観にもマッチした
デザインですが上杉軍旗「紺地日の丸」の旗を
モチーフにしております。
渋カッコイイです。

デザインの
紺地日の丸の旗とは・・
上杉謙信公の父長尾為景が上杉家守護職をしていた頃
時の帝後奈良天皇から国内を平定すべく
御旗を賜っていました。(長尾家がかつて拝領し、
失われた御旗を再度、新調して享け賜ったもの)
それが天賜の御旗・紺地日の丸の意匠だったそうです。

それを受け継いだ謙信公も、皇室を敬う心篤く
天賜の御旗は家宝として扱い、また軍旗として
紺地日の丸、紺地扇面日の丸を使用しておりました。

今も、上杉神社稽照殿にこの軍旗が展示されております。
ぜひ上杉神社稽照殿にて本物もご覧になってください。

また、5月の上杉まつりでも
2日武てい式では天賜の御旗が安養院によって運ばれ
3日川中島合戦でも軍旗、馬標として掲げられます。

ぜひその辺も注目して上杉まつりをご覧下さい。

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2009/06/11 21:47:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
【本城豊前守満茂/ほんじようぶぜんのかみみつしげ】 〜秋田南部を舞台に活躍〜

 弘治2年(1556)生まれ。義光より10歳年下。弟だろうという説もあるが、どうやらそうではなく、分家筋の最上一族と見るほうがよいようだ。
 『奥羽永慶軍記』『羽源記』などによると、義光の領地拡大作戦や領内支配にあたって、仙北地方(横手・湯沢付近)や由利郡など、現在の秋田県南部を主な舞台として大活躍している。
 はじめ楯岡城主として「楯岡」を名乗ったとされ、仙北地方が最上領になった一時期は湯沢を本拠としたために「湯沢豊前守」と称されたこともあった。
 最上義光が関が原合戦の後、慶長7年5月に由利地方を与えられてからは、その地方の政治をまかせられ、本城城(現本荘市)を築いて政治の拠点とした。今残る城跡も城下の町並みも、満茂の建設が基礎となっているわけだ。
 彼の支配した領地は、最上家の分限帳で見ると実に4万5千石、最上一族、家臣団のなかでは最高の石高である。越後村上や津軽弘前に匹敵する堂々たる大名クラスである。最上の家臣でありながら、秋田の佐竹氏や津軽家とは、まるで対等の大名同士のような付き合いをしていたことが秋田藩の記録類からうかがわれる。さらに、この地域には豊かな金山があったところから、大きな財力をもっていたと想像されるが、これは今後の研究課題としよう。
 ちなみに、秋田県側には「本荘市」という地名は、「本城豊前」の姓にちなむという説があり、そうだとすれば最上一族の名字が市の名として残ったことになる。だが、その反対に「本荘」城主になったからその地名を姓にしたと見るほうが妥当かもしれない。
 最上家が改易になったとき、満茂は幕府の閣僚であった酒井雅楽頭忠世(前橋藩主)にあずけられた。「預け人」とは、政治的事件に連座して身分地位を剥脱され、大名家に預けられた人物である。そういう身の上ではあったが、満茂は大勢の家来を引き連れて前橋に移転した。その後は酒井家の家臣として召し抱えられたが、知行は本人千石、その家来たち2千石、合わせて3千石という待遇であった。
 寛永16年(1639)1月21日没、84歳。宗家の主だった義光の69歳、義姫の76歳も長命なほうだったが、満茂はそれにまさる長寿にめぐまれたわけだ。
 その墓は前橋の長昌寺にあり、子孫が姫路に移転してからも、代々墓所をたいせつに守りつづけてきたといわれる。
■■片桐繁雄著
2009/06/11 13:32:Copyright (C) 最上義光歴史館
今回からいよいよ幸村登場!で、その父昌幸は何だか非常にずる賢い人物に描かれていましたが、演じているのは「岩松了」さんです。役者でも数々の映画やドラマに出ています(「のだめ」のお父さんとか)が、脚本家としても有名な方です。何せ脚本の芥川賞と言われる「岸田國士戯曲賞」受賞者ですから。
実はこの方、今回の演出陣の中でも「奇才」として知られる高橋陽一郎Dの幻の名作「日曜日は終わらない」の脚本も担当。今回の出演はそのつながりでしょうか。


2009/06/01 23:20:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
コンサート体験させたいけど「子どもが途中で飽きちゃったらどうしよう」とか「他のお客さんに迷惑をかけないか不安」などアレコレ心配して、つい遠のいてしまいますね。でも心配しないで足を運んでみてほしい、そんなコンサートがあります。土曜日の午前11時から約1時間のコンサートです。

Concert for KIDS〜0才からのクラシック
6月13日(土)11:00開演
伝国の杜置賜文化ホール(米沢市丸の内)
全席指定 0才から1,500円 中学生から大人2,500円
お問い合わせは伝国の杜0238−26−2666まで
2009/06/01 15:27:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
大河ドラマ「天地人」山形県推進協議会では、大河ドラマ「天地人」の放送を契機として実施する「まちづくり」や「人づくり」の事業を募集します。
県内各地域において、民間の各種団体が取り組む活動について協賛し、必要経費の一部を支援いたします。

「まちづくり」「人づくり」事業ってどんなことすればいいの?
まちづくり事業の例
 ・ガイド案内体制や二次交通体系の整備
 ・まちなか歩きのための誘導サイン、立看板の整備や修繕
 ・史跡の紹介マップやパンフレットの制作、ホームページによる情報発信
 ・観光客への休憩所やトイレの提供、荷物預かりなどのおもてなし
 ・花の植樹や環境美化活動、まちなみの景観整備
 ・誘客交流イベントの開催  などなど…
人づくり事業の例
 ・歴史・文化講座や講演会の開催
 ・史跡の現地調査や現地研修会の開催
 ・歴史文化資源に関するシンポジウムや研究会の開催
 ・おもてなし接遇研修会やガイド研修会の開催、教材の制作  などなど…

どのくらい支援してもらえるの?
対象となる経費とならない経費がありますが、
1事業につき、事業費の2分の1以内、20万円を上限として、事業効果を検討のうえ協賛金の額を決定します。

申し込むにはどうしたらいいの?
協賛依頼書を山形県観光振興課あてに提出してください。
第1次締切は、6月19日(金)とし、以降は随時受け付けます。
最終締切は、8月31日(月)です。
ただし、12月31日までに実施完了する事業が対象です。

詳しくは、事業協賛要項をご参照ください。
 事業協賛要項ダウンロード(PDFファイル)
2009/05/27 10:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
ゴールデンウイーク期間中は大変多くのお客様においでいただき、ありがとうございました。なかでも国宝上杉本洛中洛外図屏風原本はやはり人気があり、展示ケースの前には多くのお客様が集まられていました。

「天地人コレクション」コーナーは5月16日(土)より五回目の展示替えとなります。

今回のテーマは「重鎮景勝のもとで」6月12日(金)までの開催となります。

 豊臣秀吉のもとで上杉景勝は、五大老の一人に名を連ね、関東・東北地方支配の抑えとなる会津一二〇万石の大大名にまでなりました。このような急成長には、秀吉の天下統一における景勝の活躍があったからに他なりません。そのような景勝の活動およびその中での兼続の役割や位置付けなどを紹介し、秀吉のもと、天下統一のもとでの景勝・兼続の動向を具体的にみていきます。

 今回の武具は景勝が秀吉から拝領したと伝わる「鑓 銘 城州埋忠作 文禄二年十二月日」(上杉神社蔵)を展示いたします。また兼続は景勝の出世に伴い正式に山城守に任命されますがその任命書である「後陽成天皇口宣案」(国宝「上杉家文書」当館所蔵)も紹介いたします。

  大河ドラマでも次回の放送から上杉家が秀吉と関係を深めていくようですが、今回の展示からも秀吉政権の中で活躍していく景勝・兼続の姿がわかります。是非お越しください。

2009/05/16 19:07:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
米澤前田慶次の会にて
新しく、前田慶次ゆかりの里案内図イラストマップを作成!
裏面には詳しく史跡の説明も記載されております。

直江兼続公の補佐をした志駄義秀の墓も堂森にあったのですね。
志駄義秀も直江兼続公、前田慶次と無苦庵や月見平で月を見ながら
酒を酌み交わしたのかもしれませんね。

堂森近辺には
旬菜館さかの(お食事、産直品販売、きのこ山菜販売)
味処京佳(うこぎ料理など)
レストランビッキ石(ジャンボカツカレーが有名)
ホームカフェ楓ぅ
などもありますので
ぜひ散策してみてください。

案内図PDF

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2009/05/15 23:16:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
天地人博の開催に併せて
米沢駅から上杉神社周辺へのバス、タクシー情報

路線バス、山形新幹線つばさの時刻表
米沢駅周辺、上杉神社周辺でのバス停留所の場所
移動時間の目安、レンタサイクル案内
レンタカー案内情報も記載しており
大変便利なパンフレットになっております。

ぜひご利用下さい。

PDFファイルはこちら
よねざわ町中案内図PDF
なお時刻表は平成21年4月1日現在のものです。

発行 大河ドラマ「天地人」米沢市推進協議会
〒992-8501
米沢市金池5-2-25
TEL0238-22-5111

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2009/05/10 19:10:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
天地人ゆかりの名所旧跡を巡り
スタンプラリーで米沢牛や地元の特産品をゲットしよう!

この度、大河ドラマ「天地人」の放映に合わせ、
米沢の基礎を築いた主人公 直江兼続と、
山形城主・最上義光ゆかりの
米沢、山形、上山、山辺、白鷹の3市2町の名所、旧跡を巡る
スタンプラリーを実施いたします。

5ヶ所のスタンプを集めて
プレゼントに応募しよう!
応募ハガキ裏面スタンプ押印欄に
「名所旧跡スタンプラリー」開催地10ヶ所のうち
5ヶ所のスタンプを集めてご応募ください。
同じスタンプを押した場合は無効となります。

第1期、第2期合計316名様に
地元の特産品をプレゼント!
ダブルチャンス 山形の名湯ペア宿泊券が抽選で9組に当たります!

開催期間 2009年5月1日(金)〜11月30日(月)

第1期プレゼント応募期間 5月1日〜8月15日 
※8月15日当日消印有効
第2期プレゼント応募期間 8月16日〜12月9日
※12月9日当日消印有効

ご応募は各期間につきお一人様一回限りとなります。
※第1期、第2期それぞれの期間に応募できます。

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2009/05/09 16:11:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
白布温泉 白布森の館(米沢市森林体験交流センター)にて
白布温泉鉄砲鍛造資料展開催しております。

開催期間 平成21年4月24日(金)〜平成22年1月17日(日)
開館時間 午前9時〜午後6時 最終日は午後5時
休館日 水曜日

入場無料

シリーズ講座
「天地人」NHK放送を記念して鉄砲に関しての講座を
 白布森の館にて3回開催いたします。

日本における鉄砲
講師 国立歴史民俗博物館 名誉教授 宇田川武久氏

第1弾 6月26日(金) 鉄砲伝来の実像
第2弾 7月24日(金) 戦国合戦と鉄砲
第3弾 9月25日(金) 鉄砲技術の模倣と限界

お問合せは
白布森の館 0238-55-2118 

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2009/05/09 16:03:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
小野川温泉の宿泊者様限定 完全予約制

小野川温泉発 定期観光バス(ガイドツアー)
直江兼続と上杉家史跡めぐり 直江号

天地人の主人公・直江兼続や上杉家の史跡めぐりに便利な
米沢市内に一番近い温泉地「小野川温泉」だからできる
唯一の定期史跡観光バスツアー
直江兼続や上杉家の名君たちの
ドラマでは語られない一面を観て知ることができます。

※専属ガイド1名がバスに乗り込み、観光地のご案内をいたします。
 増発のバスにはガイドは乗車しません。

運行日 平成21年5月2日から12月13日までの
    土曜日、日曜日、祝日 運行

料金 大人2400円 子供1700円

予約方法 小野川温泉の宿泊旅館へ直接
     電話またはFAX等で予約が必要です。

詳しくは裏面をご覧下さい。





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2009/05/09 15:54:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
そして「天地人コレクションコーナー」では現在国宝「上杉本洛中洛外図屏風」の原本展示を行っております。5月10日(日)までの展示となっております。

 上杉本洛中洛外図屏風は狩野永徳が今から450年ぐらい前の室町時代の京都の様子を描いた屏風絵で、当博物館を代表する収蔵品の一つです。織田信長が上杉謙信に贈ったとされ、NHK大河ドラマ「天地人」にも登場しました。資料保存のため、普段は複製の展示となりますが、年に2回決められた期間で原本を展示しており、今回の展示はその内の1回です。

 屏風の中には当時の京都の人々の生活が細かく描かれており、1日中見ていても飽きない程です。

 5月10日までの期間は直江兼続ゆかりの文化財とともに、洛中洛外図屏風の原本を見ていただける、非常に恵まれた内容となっております。是非この機会に足をお運びください。

※ゴールデンウイーク期間中、当館は混雑が予想されます。国宝「上杉本洛中洛外図屏風」原本をじっくりご覧いただきたい方はお早目のご来館をお勧めいたします。

2009/04/30 20:44:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
「米沢 愛と義のまち 天地人博2009」の「天地人コレクション」コーナーではテーマに沿って直江兼続に関する文化財を紹介しております。

5月15日(金)までのテーマは「北へ〜越後統一・庄内支配」。今回で4回目の展示となります。

新発田城(現新潟県新発田市)主・新発田重家の乱への対応を通じて、景勝・兼続は本庄繁長・色部長真等、下越の有力武将との関係を強化していきます。そして景勝の支配は下越およびその北の出羽庄内地方へも及んでいきます。今回は北へのびる景勝・兼続の活動について関連の文化財を通して紹介していきます。
 
 今回は山形県庄内地方、そして新潟県下越地方と米沢から比較的近い地域が舞台となっております。
また外交の舞台で活躍する兼続の姿がわかる文書も紹介しております。
 毎回人気の高い甲冑類については、今回は本庄繁長所用の兜「六十二間筋兜(村上市郷土資料館蔵)」を展示しております。最上氏との庄内を巡る戦いで実際に刀傷を受けたとされる痕が残っている兜です。

以上、今回も見どころの多い展示内容となっております。
2009/04/30 20:38:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
デスクトップアイコンをダウンロード

・種類:デスクトップアイコン
・内容:モガミヨシアキ、兜バージョン、虎将バージョン、ナオエカネツグ、こまひめ
・対応:Windows OS

参考 →デスクトップ アイコン設定 - Google検索

2009/04/29 11:48:Copyright (C) 最上義光歴史館
天下分目の「関ヶ原合戦」(慶長5年/1600年)に連動して、山形県内もまた乱戦の坩渦となった。これがいわゆる「慶長出羽合戦」である。

豊臣秀吉亡き後、政治の主導権をめぐって全国の大名は二派に分裂した。徳川家康を盟主とする東軍、石田三成を中核とする西軍。両陣営対立の極限における激突が「関ヶ原合戦」であった。

会津120万石の大名、五大老の一人である上杉景勝は、西軍の重鎮として反徳川の急先鋒であった。

一方、山形20余万石最上義光は家康と強固な盟友関係にあり、上杉攻め奥羽諸大名の主将の役を担っていた。
この年の7月、家康が大軍を率いて上杉討伐に北上した間隙をついて、石田グループが挙兵する。この報に接した家康は、上杉攻めを中断して上方に発進する。

家康の西上を知った上杉は、最上侵攻を決断し、米沢城主直江山城守兼続を総大将とする2万とも3万とも言われる大軍をもって、怒濤のごとく最上領内に乱入した。

主力軍は狐越の道筋から畑谷・長谷堂を経て山形城へ、左翼軍は最上川沿いに下って寒河江方面へ、右翼軍は上山城攻撃に向かう。更に、上杉領だった庄内からは、最上川をさかのぼる一軍と、六十里越えの一軍が長駆最上領に侵入する。典型的な分進合攻戦略である。

軍事力においてははるかに劣る最上側は、領内各地の出城のほとんどを、放棄するしかなかった。


▲上杉軍の最上領進攻経路 (※クリックすると拡大します)

【参考】Googleマップ
上杉主力軍が真っ先に襲ったのは白鷹丘陵中の孤城、畑谷城である。城主江口光清ら300余の最上勢は、死力を尽くして戦ったが、衆寡適せず全員城を枕に討死、9月13日、畑谷城は落城する。

勢いに乗った上杉軍は、山形城南西7キロメートルの長谷堂攻略に向かう。

兼続は、14日に菅沢山に本陣を置く。ここを中心に西部山麓一帯は、上杉の陣地となり、一部上杉軍は谷柏方面にも布陣した。長谷堂城を包囲し、合わせて山形・上山との連絡を断つ作戦である。

「畑谷城」周辺のムービーはこちら
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