戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

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戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

〒992-0012
山形県米沢市金池7丁目1-50
TEL:0238-26-6046
FAX:0238-26-6047

:戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

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戦国観光やまがた情報局
「天地人コレクション」コーナーは8月15日(金)より「家康と景勝・兼続」をテーマに展開しております。景勝・兼続の人生に大きく影響を与えた人物の一人、徳川家康と景勝・兼続との関係について9月11日(金)までの1か月間紹介していきます。次回のテーマ「慶長5年の兼続〜最上義光と」(9月12日〔土〕〜10月9日〔金〕)と合わせて2か月間、関ヶ原合戦に関する史料を展示していきます。

上杉景勝は織田信長の同盟者としての徳川家康と対立関係になります。本能寺の変後は信濃支配や秀吉との関係において対立。豊臣政権下でのライバル関係をへて関ヶ原合戦での衝突に至ります。その後家康が天下人となると、景勝は一大名として臣下となります。家康と景勝は様々な面で密接した関係にあり、兼続もそこに関っていたのです。今回は謙信時代も含めて、家康と景勝・兼続について紹介していきます。

今回の見どころ 

〜景勝が家康との戦いに臨む際に身に付けたとされる甲冑。「天地人シアター」にも登場〜
「浅葱糸威黒皺韋包板物二枚胴具足」(宮坂考古館蔵)
〜関ヶ原合戦の様子を描いた絵巻物〜
「関ヶ原合戦図絵巻 下巻」(真田宝物館蔵)

ぜひおこしください。

2009/08/16 17:19:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
神田紫エコ講談「もったいない善兵衛」
米沢に見参!
ご当地編、初書き下ろし!

開演日時:平成21年9月26日(土) 
     開演14:00(開場13:00)
会場:伝国の杜 置賜文化ホール

チケット:前売り/3,500円 
     当日/3,800円 【全席自由】

チケット販売:音楽事務所ジャパンユニオン
       03-3476-4422
       伝国の杜、大沼デパート、米沢楽器店、
       音楽アズム館米沢店、米沢商工会議所

主催お問い合わせ:音楽事務所ジャパンユニオン
         03-3476-4422

今からさかのぼること、約200年ほど前の江戸時代。
小間物店「吉屋」の丁稚、善兵衛は店の無駄を見つけては
「もったいない!」と指摘する働き者。
いつしか周囲の人たちから「もったいない善兵衛さん」と
呼ばれるようになりました。

善兵衛はお客様にも真心を尽くすため「吉屋」は益々大繁盛。

神田紫が米沢を舞台とし、ご先祖様から連綿と引き継がれている、
人・物・自然を大切にする心を伝えます。

ゲスト出演!
ソウル&ビートユニット 天地人
(大間ジロー・黒澤博幸)
2009/08/14 10:13:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
 大河ドラマ「天地人」の主人公直江兼続と山形城主最上義光が戦った長谷堂合戦では、山形城防衛にあたった鮭延城主・鮭延秀綱が、上杉軍二万の大軍勢に包囲されるものの、五百といわれる少数精鋭で頑強に抵抗、獅子奮迅の活躍をしました。
 その鮭延秀綱の功績や人物像などをふまえ、先人の歩みを紐解きます。

■「ふるさと再発見!ご利益講演会」
■日時 平成21年9月19日(土)
    午後2時〜午後4時
■会場 庭月観音 巡礼堂

■題目「天地人!あの直江兼続公を退けたふるさとの名将“鮭延秀綱公”を語る」
■講師 庭水山多福院 ご尊住様 小川邦昭先生

▼参加料:無料
▼問合せ先:最上三十三観音打ち止めの寺
      庭月観音住職 庭崎賢恵
      TEL 0233−55−2343 FAX 0233−55−2505

▼主催:庭月観音法灯護持会
▼後援:鮭川村教育委員会・鮭川村観光協会


2009/08/11 22:13:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
天地人でご当地キャストと言えば、米沢出身のあき竹城さん(かよ役)ですが、
今週の放送からついに二人目の山形県出身者が。
 豊臣秀次役の眞島秀和さん。この方も米沢出身です。「スウィングガールズ」の
フォーク兄弟のお兄さん、と言ったら分かる方もいらっしゃるでしょうか。
 最近は、映画、ドラマ、CMと幅広く活躍中。今回もなかなか凛々しい関白ぶりでしたね。

でも、関白秀次は来週の放送で切腹させられてしまうんですよね。残念です。
もう少し見たかったですね。
2009/08/11 17:38:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
【氏家伊予守定直・尾張守守棟/うじいえいよのかみさだなお・おわりのかみもりむね】 〜信頼厚い譜代の重臣〜

 「どうぞ親子の争いをおやめください。最上のお家は義光様に任せるのが一番です。」
元亀元年(1570)に義光が家督を嗣ぎ、新たな政策を実行しはじめた段階で、家臣団が父義守派と嫡男・義光派に分かれて対立、領内が混乱におちいった。このとき、病床の氏家定直はこう言って、主君義守をいさめた。
 その事情は5月15日付けの義守(入道して栄林)書状によってわかる。

 「さてゝゝ此口之儀者、氏家存命不定之刻、意見に及び候条、諸事の不足をさしおき、親子和与せしめ候。定めて祝着たるべく候や」

 現代語では「こちらの方では、氏家(伊予守)が生死のさかいにあるときに、意見してくれたことから、いろいろ問題はあっても、親子和解したところだ。まずは目出度いこととしてよいだろう」となる。
 
 義守としては、不満はあれども喜んでいいことと、自分を納得させている文面である。
 定直の忠言に従って義守は一旦は政治の世界から引退し、龍門寺に入った。
 文献史料を見ると、氏家定直が最上家の重臣として活躍をはじめるのは、義光が生まれる前の天文12、3年(1543、4)ごろからで、主君義守が20歳を過ぎたばかりの時期にあたる。若い山形の主を、定直は懸命に支え続けてきたのである。だからこそ、その病床からの意見には、剛毅な義守も従わざるを得なかったのであろう。
 仙台市青葉城資料館の大沢慶尋氏の研究によれば、15世紀前半の当時、米沢の伊達氏と最上氏が外交折衝をするときは、定直が後見となっていたとのことで、「義守政権の宿老で第一の重臣」の地位にあったという。
 さらに筆者の意見を述べるなら、その名字の「定」は、さらに前代の「最上義定」から拝領したのではないか。だとすれが、義定の没年とされる永正17年(1520)以前からの、譜代の家臣だということになる。
  *  *  * 
 義光時代に活躍する氏家尾張守守棟は、定直の子であろう。父が主君の名の一字をもらったのと同じく、彼も義守から「守」一字を拝領したと考えられる。ついでだが、その子「光棟」、孫「親定」もまた、「義光」「家親」の一字をもらったのだろう。
 『最上記』によれば、守棟は常に義光の側近にあった。義光が領域拡大の戦いを積極的に進めていった時代、谷地の白鳥氏、寒河江氏、天童、上山の里見氏等との戦いには、さまざまな計略を進言して、成功を収めたとされている。
 それだけではない。主君に対して厳しい苦言を呈したこともあった。
 永禄年間(1565前後)に、貴志氏が篭もった八ツ沼城(朝日町宮宿)を攻めたとき、義光は真っ先かけてめぼしい敵と渡り合おうとする。一軍の総大将が勢い込んで走り出るのを、兵士たちは「とんでもないこと」と引き止めるが、義光はそれを振り切って進み、例の鉄棒を振り回して相手を仕留め、首を取った。
 そのとき、傍に駆け寄った氏家守棟は、「大将ともあろう方がそんな雑兵の首を取って誰に見せようというのか」と、厳しく叱り付けた。義光は叱られてしょげかえり、取った首をかたわらにいた兵に与えてしまった。
 まさに信頼厚い重臣なればこそである。
 『奥羽永慶軍記』では、義光を「ソノ性寛柔ニシテ無道ニ報ヒズ、然モ勇ニシテ邪ナラズ」と称賛したのに続けて、「誠ニ君々タレバ、臣々タリトカヤ、時ノ執事氏家尾張守、元来忠アリテ義アリ」と、守棟を「志村九郎兵衛(伊豆守光安)」と並べて最上家の最重要な家臣として位置付けている。
 守棟は、まさに義光の出羽南部統一事業をささえた大功労者であった。
 『最上義光分限帳』には、その子「高壱万七千石 氏家左近」が出ており、城下絵図で見ると、山形城二の丸東大手門の前、元の県立病院の敷地一帯が氏家の屋敷であった。山形城内で最も重要な所に居住していたわけである。守棟の子光棟は、義光の娘「竹姫」を妻とするが、これは別項にゆずる。
 山形市平清水の大日堂に、氏家相模守光房が「諸願成就」を感謝して寄進した鉄鉢がある。この人物も、伊予守、尾張守に連なる人物であろう。「慶長六年閏月(この年は十一月)二十八日」とあるから、出羽合戦で勝利を収めた記念でもあろうか。参考までに、尾花沢市六沢の円照寺観音堂に延沢康満が奉納した絵馬も、同年、同月「十七日」の銘がある。この月、山形領内では祝勝パーティーでもあったのか、あるいは戦後の論功行賞が発令されたのかもしれない。
 話かわって、古く14世紀の南北朝時代、新田義貞が越前で戦死したときに、その首を取ったのは斯波氏の家来の氏家重国だと『太平記』にはある。このとき新田義貞が佩いていた太刀が、めぐりめぐって最上家に伝えられた名刀「鬼切丸」であるとされる。
 斯波氏は現宮城県北部に居住して「大崎」を名乗り、最上家はその分家として出羽最上に入った。両家には共に「氏家」を名乗る重臣がいた。
 どうやら氏家氏は、斯波氏、最上・大崎両家とは切っても切れない深いつながりがあったらしいのである。
■■片桐繁雄著
2009/08/10 16:51:Copyright (C) 最上義光歴史館
じゃらんnetにて、「天地人」ゆかりの地の特集ページを開設中です。
山形・新潟・福島の天地人ゆかりの地の紹介のほか、天地人にちなんだ宿泊プランも検索できます。ぜひ旅のご参考にご覧ください。
 じゃらんnet http://www.jalan.net/jalan/doc/theme/taiga/tenchijin/tenchijin_index.html
2009/08/10 16:30:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局


武将兜のペパクラで御世話になっている木村社長から前田慶次郎の旗指物が寄贈されました!!

いまや伝説になりつつある二人の貴重な2ショットです!!

なぜ敵の旗を…??
おや!?これはもしや…!?
これが出現するとうれしい…

などなど…みなさん感じ方はいろいろでしょうが、敵将の旗を飾る歴史館の懐の深さをご理解いただいて、希代の傾奇者前田慶次郎の旗指物と記念撮影☆はいかがですか!?

ナニナニ(ÒへÒ)!? 木村社長!!つぎの武将兜はだれのですか??秀吉ですか!?家康ですか!?えー!!!あの有名な…


※この「大ふへん者」旗印は、慶次郎縁の地限定でノーススターズピクチャーズ社(原哲夫先生の版権管理会社)のご許可を得て、「花の慶次」の1コマより転写させていただきました。(非売品です)
2009/08/05 10:30:Copyright (C) 最上義光歴史館
平成21年7月30日(木)、伊達氏・上杉氏・最上氏などの戦国武将にゆかりのある自治体関係者が集まって、「奥羽戦国観光連携会議」の第1回会議が開催されました。

近年、ゲームや漫画、小説、アニメといった分野で戦国武将が題材として取り上げられ、歴史ブームあるいは戦国武将ブームが若い世代を中心に広がりをみせています。
この会議では、ゲームなど戦国コンテンツの制作サイドへ情報提供をしていくこと、戦国武将キャラクターとのタイアップなどにより地域振興を図っていくことなどを話し合いました。

[参加自治体]
  宮城県 宮城県大河原地方振興事務所 仙台市 白石市 川崎町
  福島県 福島県県北地方振興局 福島市 会津若松市
  山形県 山形県村山総合支庁 山形市 上山市 天童市
  米沢市 長井市 南陽市 高畠町 川西町 小国町 白鷹町 飯豊町
   事務局:山形県置賜総合支庁観光振興室

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2009/08/03 17:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
東京の「毘沙門天管弦楽団」は発足20年を迎えた市民オーケストラです。7月25日に「天地人博」開催を記念して開かれた米沢演奏会では、大島ミチル「天地人オープニングテーマ」やハチャトゥリアン「仮面舞踏会」、ブラームス「交響曲第1番」など耳なじみのよい音楽を演奏し、演奏を楽しむ出演者の姿に、会場となった伝国の杜置賜文化ホールは来場者からの温かい拍手で包まれました。演奏会当日はリハーサルの合間を縫ってテレビ収録も行われ、ゆかりある米沢のためにと協力してくれました。団の益々の活躍を期待したいと思います。
2009/08/02 13:58:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
『歴史館だより No.16』

◆「長谷堂合戦図屏風−軍記と屏風−」  
執筆:宮島新一 (山形大学教授/日本絵画史)  

◆「慶長出羽合戦の褒賞としての名刀正宗」   
執筆:布施幸一 (財団法人日本美術刀剣保存協会会員)

◆参加者の声 こども講座  
執筆:森谷涼太/伊藤佐和子/向田翔太郎

◆研究余滴「一枚の史料」  
執筆:長谷勘三郎

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平成20年度事業 (一覧) /事業スナップ
平成21年度事業 (一覧)

※「歴史館だより」は無料で配布しております。ご希望の方はご来館のときに受付にお申し出ください。
※遠方でご希望の方は電話(最上義光歴史館/023-625-7101)かファクシミリ(023-625-7102)でご連絡ください。
※郵送料(切手代)だけご負担いただきます。
2009/08/01 11:10:Copyright (C) 最上義光歴史館
よねざわ上杉戦国絵巻〜夜の陣
前夜祭!
天地人宝船ツアー2009
9月25日(金)開催!

天地人とは・・
日本の音楽シーンを築いた元「オフコース」のドラマー
大間ジロー氏
津軽三味線の日本チャンピオン、黒澤博幸氏
和太鼓界の将来を担う女性奏者、大館曲げわっぱ太鼓の
大沢しのぶ氏
東北の大物3者が和楽器と洋楽器を駆使し、
ジャズとロックと民謡をクロスオーバーさせ、
新時代のサウンドを未知国(みちのく)から発信する
愛と調和と情熱のソウル&ビートユニット「天地人」

今回、運命的に同じ天地人という名称
米沢ともゆかりの深いことから
この度、よねざわ上杉戦国絵巻の前夜祭として
コンサートが開催されます!
神気あふれる音の饗宴!
天と地のパワーを感じてください!

日時 9月25日(金)
開演 18:30(開場17:30〜)
会場 伝国の杜 置賜文化ホール(米沢市丸の内)
電話 0238−26−2666
チケット代 前売り3,500円 当日3,800円 全席自由

詳しくは、チラシPDFファイル
ホームページをご覧下さい。
天地人公式ホームページ



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2009/07/28 19:28:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
天地人ゆかりの新潟県・福島県・山形県の首都圏アンテナショップを巡って、
3県の温泉宿泊券や特産品が当たる「天地人スタンプラリーキャンペーン」を実施します!

スタンプを全て集めると、抽選で各県の温泉宿泊券や特産品が合計69名に当たります。
さらにパンフレット(スタンプ台紙)には、各店舗で使える特典クーポン付きです!
ぜひこの機会に、3県のアンテナショップに足をお運びください。

『新潟・福島・山形アンテナショップめぐり「天地人」スタンプラリーキャンペーン』
 開催期間 平成21年8月1日(土)〜平成21年10月4日(日)
 応募期間 平成21年8月1日(土)〜平成21年10月9日(金)

キャンペーン終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。
 
 スタンプ設置場所
    山形県 おいしい山形プラザ(銀座)
    福島県 福島県八重洲観光交流館(八重洲)
    新潟県 表参道・新潟館ネスパス(表参道)

 ※詳細は下記パンフレットを参照ください。
  (ダウンロード完了まで少し時間がかかります。)
    スタンプラリーパンフレット表面(PDF形式)
    スタンプラリーパンフレット裏面(PDF形式)

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2009/07/28 11:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
弘治3年(1557)〜寛永14年(1637)
 与板城主・直江景綱の娘。長尾信綱を直江家の婿に迎えるが天正9年(1582)死去。その後、樋口与六(後の兼続)が直江家に婿に入り、一男二女をもうける。
 お船の方は内助の功に徹した聡明な女性で、四辻大納言公遠の姫(景勝の側室)が生んだ玉丸(後の定勝)の母かわりとなり養育する。
 兼続の死後は後室と呼ばれ、定勝の政治に裏から尽力。女性としては異例の禄三千石を与えられる。兼続の遺志であった『文選』の刊行を手がけ、寛永14年(1637)1月4日、81歳で死去。墓は米沢市林泉寺にある。
2009/07/24 22:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
山形大學付属図書館中央図書館では、2007年のPart�気砲弔鼎�、山形大學が所蔵する直江兼続関連の歴史資料を展示しています。
特に大河ドラマ「天地人」で登場した、魚津城の武将たちからの手紙「魚津在城衆十二名連署書状」やドラマのクライマックスとなる長谷堂城の戦いを物語る「長谷堂城大手門扉」はなかなか見ることができない貴重なものです。

■「直江兼続とその時代展Part�供�
■会期 2009年7/24(金)〜8/8(土)
■開催時間 平日9:00〜17:00 土日13:00〜17:00
      8/8(土)9:30〜16:30(オープンキャンパス)
■休館日 8/1(土)・8/2(日)
■入場料 無料
■会場 山形大學
▼交通:JR山形駅から東原経由千歳公園行きバス(約10分)山大前下車 徒歩2分
▼問合せ:小白川図書館ユニット図書チーム TEL023−628−4912


2009/07/24 11:17:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局

慶長5年(1600)、奥羽の関ヶ原と呼ばれる「長谷堂合戦」において、上杉軍の退却戦が近くの野平山古戦場で行なわれました。その退却の際、直江兼続がこの松の下で兜を置いて休んだという謂われが残っています。

▼交通:フラワー長井線荒砥駅から車で約10分
    山形自動車道山形蔵王ICから車で約50分
    山交バス 山形―長井線(長谷堂経由)細野バス停下車徒歩2分
▼駐車場:なし
▼所在地:白鷹町大字滝野森の上 国道348号沿い
▼問合せ:白鷹町観光協会 TEL 0238−86−0086


2009/07/23 13:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局

八乙女神社縁起に「慶長年中(1596年頃)直江山城守が荒砥城補修の時、稲荷神社を修理宗敬せり」と記されています。
また、最上出陣(長谷堂合戦)の際、直江兼続が御楯稲荷神社で戦勝祈願した時、白狐が現れ道案内をしてくれたといい、その道は「狐越街道」と呼ばれ今に残っています。場所は八乙女八幡神社(旧荒砥城址)境内にあります。

▼交通:フラワー長井線荒砥駅から徒歩5分
    東北中央自動車道南陽高畠ICから車で約40分
▼駐車場:隣接の荒砥地区公民館駐車場を利用(無料)
▼拝観料:なし
▼所要時間:15分
▼所在地:白鷹町荒砥甲109八乙女八幡神社境内
▼問合せ:白鷹町観光協会 TEL 0238−86−0086


2009/07/23 12:50:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
永禄元年(1558)〜慶長9年(1604)
 武田信玄の五女。宿敵だった武田と上杉との同盟を条件に、天正7年(1579)上杉景勝と結婚。
 その後、織田信長に武田家を滅ぼされ、帰る故郷を失った菊姫は景勝の正室として、奥向きの諸経費節約を奨励するなど夫を陰で支え、家中からの信頼も厚かった。
 秀吉の人質政策によって永く京に滞在し、景勝の米沢移封の際も当地へは行けず、一人伏見での生活を余儀なくされた。
 菊姫には子がなく、側室が懐妊したあと、病に付し慶長9年(1604)伏見屋敷で死去。享年47。墓は米沢市林泉寺にある。
2009/07/22 19:30:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
天文23年(1554)〜天正7年(1579)
 小田原城主・北条氏康の七男。幼名・三郎氏秀。宿敵同士だった北条と上杉の同盟が結ばれたことで、上杉謙信の養子として春日山城へ迎えられる。謙信が名乗っていた景虎の名を与えられたほか、景勝の妹・華姫との結婚など一族として厚遇される。
 天正6年(1578)謙信の死後、兄・北条氏政の援軍を受け、景勝と家督を争う(「御館の乱」)が、翌7年(1579)篭城した御館は景勝軍の猛攻を受け落城。小田原へ逃亡するが、途中立ち寄った鮫ヶ尾城で城主・堀江宗親の謀叛に遇い、3月24日自害。享年26。
 景虎の子・道満丸は、3月17日、四ツ屋砦で前関東管領・上杉憲政と自害。わずか9歳であった。
2009/07/21 13:50:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
直江兼続が米沢で密かに鉄砲製造を行なった資料展が、当時の製造場所といわれている白布温泉で開催されています。また「日本における鉄砲」と題してシリーズ講座も開催されます。

■「白布温泉鉄砲鍛造資料展」

場  所:白布森の館(米沢市森林体験交流センター)
開催期間:平成21年4月24日(金)〜平成22年1月17日(日)
時  間:午前9時〜午後5時
定休日 :毎週水曜日
入場料 :無料

■シリーズ講座
 「天地人」NHK放映を記念して鉄砲に関しての講座を白布森の館にて3回開催されます。
「日本における鉄砲」講師:国立歴史民俗博物館名誉教授 宇田川武久 氏

☆第1弾 「鉄砲伝来の実像〜外来文化の定着〜」
      6月26日(金)午後2時〜      ←終了しました
☆第2弾 「戦国合戦と鉄砲〜鉄砲術武芸者の群像〜」
      7月24日(金)午後2時〜
☆第3弾 「鉄砲技術の模倣と限界〜鉄砲術の技術的展開〜」
      9月25日(金)午後2時〜

▼問合せ:白布森の館 TEL0238−55−2118

2009/07/21 11:20:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
BSN新潟放送・TUFテレビユー福島・TUYテレビユー山形で、「義と愛の武将 直江兼続の決断」が放送されます。

下克上の戦国時代において「愛」の一文字を掲げ、自分の義を貫き通した武将、いまその愚直なまでに信念に生きた直江兼続。
越後に生まれ、豊臣政権下で会津120万石に転封。そして関ヶ原の戦いを経て、米沢へと移る先々で、兼続が下した大きな「3つの決断」を検証していくと共に、新潟・福島・山形各地の足跡を辿りながら3県の魅力を紹介していきます。

■番組名  「義と愛の武将 直江兼続の決断(仮題)」

■放送日時  BSN新潟放送・TUFテレビユー福島・TUYテレビユー山形
       平成21年7月22日(水) 19:55〜20:54
 
       BS−TBS
       平成21年8月2日(日) 9:30〜10:29

■ナビゲーター  
       メイン:パパイヤ鈴木(甘粕景継役)
       特別出演:加藤清史郎(与六役)


☆兼続ゆかりの地を番組で紹介します。
  新潟:春日山林泉寺・春日山城跡・雲洞庵など
  福島:鶴ヶ城・神指城跡・米沢会津街道など
  山形:上杉神社・春日山林泉寺・直江石堤など
 兼続の功績なども含め各地を紹介していきます。是非ご覧下さい。

2009/07/17 17:00:Copyright (C) 戦国観光やまがた情報局
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