:戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

戦国観光やまがた情報局
最後は高畠町野出倉の 

伊達家9代儀山政宗公ご夫妻の墓所参りをして頂きました。

仙台初代藩主伊達政宗公の命名は伊達家中興の祖

儀山政宗公にちなんだものでございます。

正室は室町幕府3代将軍足利義満の生母の妹にあたります。

伊達家と中央とつながりの深さがわかります。


説明看板も新調されました。



ここで私達はお客様とお別れです。

時沢から赤湯の国道13号線に入り

山形道から仙台にお帰りになりました。 

ツアーにご参加の皆様高畠を訪れていただき

誠にありがとうございました。

またのお越しを心よりお待ちいたしております。


安久津八幡神社は伊達家が3000石の処遇をして大変大事にしました。

片倉小十郎が神社の総統として収めました。

赤い大鳥居の近くに『片倉舘』跡があることが分かっています。

ちなみに上杉領になってから処遇は50石に減りました。

本日は特別に宮司にほら貝で歓迎して頂きました。

新しく安久津八幡様の名物として大型翁面が紹介されました。






昼食後、高畑城 釣鐘の形をしていたので『鐘ケ城』と呼ばれていました。

伊達家のおきたまの拠点として162年間この城で統治されました。

また、片倉小十郎の旗印釣鐘はこの城から規定ものと考えられます。

鐘ケ城の建立は平泉藤原統治時代の1171年頃である。

絵図通り釣鐘状の城であった。

この原型が残る跡地を散策し昭和縁結び通りを楽しんでいただきました。




今回から本来の的場で行われるようになりました。

伊達家時代の流鏑馬奉行と馬奉行の子孫の方も同席しています。







昼食は高畠の機能野菜を中心としたお食事で

特に高畠町の農家さんが力を入れている

『雲南百薬』のシャブシャブを召し上がっていて抱きました。

更に政宗公の好物、枝豆ご飯、芋煮、鮭が紹介され食して頂きました。

試食のおもてなしとして7種類の大粒ぶどうを、

試飲のおもてなしとしては、

高畠の3つの酒蔵の日本酒ととワインで歓迎いたしました。

食事の説明をするおかみさん



雲南百薬について説明する生産者の方



ブドウをふるまう生産者のかた




2番目は伊達家の学問寺資福寺跡、伊達家19代儀山政宗公ご夫妻墓所、

16代輝宗公墓所、輝宗公の重臣遠藤喪基信墓所にお参り頂きました。更に

梵天丸、片倉小十郎、伊達成実が一緒に生活した政宗舘跡、

その近くにいまでも存在する熊野神社を1時間かけて散策

梵天丸が生活した空間とここから眺められる周りの山々は

当時と変わらず残っています。

思わずお客様から『梵天丸 きたよ--』と叫び声が上がりました。

梵天丸の香りのする空気を思う存分楽しんでいただけたと思います。



政宗舘跡での散策







第1番目のゆかりの地 亀岡文殊堂に着きました。

仙台初代藩主伊達政宗公誕生と岩出山移封の際、

伊達家学問寺資福寺の梵鐘が収められたところでございます。

まほろばの里案内人さんにご説明をお願いいたしました。







仙台駅西口発8時 皆さんは全員10分前に集合乗車完了

エージェントさんによるとこんなのは初めてとのこと

伊達家のふるさとツアーに対する期待度が高い証拠ですね。

41名でスタートです。



車中では高畠町文化財保護委員の島津先生の伊達家の歴史講座が始まりました。

皆さん大変熱心に聞いておられました。







お疲れ様です 戦国の F でございます。
9/11,12日の武将隊スケジュールを
お伝えいたします。




9/11(土)、12(日)
  午前 伝国の杜 11:15〜
  午後 戦国の杜 14:00〜

  天候によってスケジュールが変更になる場合があります。


  伝国の杜前庭での演武実演、一度ご覧に
  なられてはいかがでしょうか。


2010/09/10 18:41:Copyright (C) 戦国の杜STAFFブログ
9月11日が第1陣9月25日が第2陣でおいでになります。

伊達家のふるさと観光キャンペーンの一環として

仙台より40名の満員でおいでになります。

伊達家のふるさと高畠を堪能していただきたいと思います。



三の丸辺りに、清水があり酒蔵の碑がたっています。

政宗公は酒が好きで城内で作らせていました。

その酒蔵は現在の仙台市内の勝山酒造だそうです。









仙台歴史博物館の裏にあります。

戦争で胸から下が持って行かれたそうです。

騎馬像は2代目なんですね。







高畠町文化財保護会の主催で9月8.9日の1泊2日で行われました。

幕府直轄の地の米をご城米と言います。

高畠から七ゲ宿 桑折町 阿武隈川から貞山濠を経て当時の仙台港

寒風沢島に蓄えられ江戸浅草に運ばれました。

仙台空港の東の川がその濠にです。政宗公が作ったと言われています。








めっきり涼しくなりましたがカゼなど
引いてませんか? 戦国の F でございます。

この度は明日(9/10)のスケジュールを速報ということでお知らせします。



【愛】の武将隊
  午前中:お役目のため出陣
  午後 :戦国の杜へ帰城の予定

  時間等は不明のため、甲冑展示等できないかもしれません。
  申し訳ございません。

【ゲッテンカ】
  9/18大会に併せて稼動予定でしたが
  9/10(金)より前倒しプレイ可としました。

  9/10(金)10:00より通常モードの
  ゲームが楽しめます!!

  戦国の杜でLet's Try!!
2010/09/09 19:37:Copyright (C) 戦国の杜STAFFブログ
いよいよ開催!
直江兼続生誕450年
よねざわ戦国まつり2010
〜愛と義のまちに集結〜

日時 平成22年9月18日(土)19日(日)
会場 米沢市中央 まちの広場周辺・戦国の杜
内容 戦国「うまいもの市」
   戦国「ゆるキャラまつり」
   戦国「衣装屋」

9月18日はメインイベント
武者行列・民踊パレード
コース 伝国の杜〜まちの広場
時間 午後5時30分〜午後7時30分

戦国の杜も9月18日は午後8時まで開館延長!

戦国ワールドな2日間!ぜひお越し下さい!

次ページより詳細

...もっと詳しく
2010/09/08 21:36:Copyright (C) 米沢観光コンベンション協会
先日3日、屏風シリーズ第3弾Biombo Special Saxophone Quartetの「金の屏風、金の筒」
が無事終了いたしました。
お越し下さった皆様、本当にありがとうございました・*:。(´∀`*@)ノ☆ 。

当日は、まず鈴木さんの即興演奏から始まりました。


そして、照明が明るくなると共に、黒のジャケットで統一したメンバー全員が集まり、
バッハの「イタリア協奏曲」へ。


クレリスの「かくれんぼ」、ドビュッシーの「小さな黒人」、日本歌曲「かなりあ」、
パスコアールの「CHORINHO PPAELE」、ブルガリア伝統曲「メシュノ・ホロ」・・
合間に鈴木さんが屏風CD制作に関わったエピソードも差し挟みつつ、様々な世界の
曲が美しく奏でられていきました。

後半は、女性メンバー・江川さんと冨岡さんのフリーデマン・バッハ、江川さん・
鈴木さん・東さんによるモーツァルトに続き、冨岡さんのソロ、ブリテンの「オヴィ
ディウスによる6つの変奏曲」へ。
  

続いて、東さんを全面にフューチャー?した鈴木さんとのリムスキー・コルサコフ
「熊ん蜂の飛行」。この曲のテンポの速さたるやΣ(゚Д゚;)!いったいいつ呼吸してい
るのかと思うほど、この時のお2人の演奏は凄かったです!


その後は四重奏での、同年代の作曲家だという鶴見幸代さんの「ピンクの人」
から、いよいよ『洛中洛外図屏風を聴く』CDで御馴染みのあの名曲『金の雲』より、
「霧」・「水のあぶく」・「イヌに追われて」が!今回はどの曲もさらに豊かに生まれ
変わり、「イヌに追われて」に関しては新たな楽器が2種類登場。CDではドラムの
パートが、今回はサックスの素材を活かした何とも粋なアレンジに変わっていました。
  
  

アンコールは、それは美しいバッハの「G線上のアリア」。そして、リズミカルなモン
ティの「チャールダッシュ」で締めくくられました。

…どの曲も息を飲む美しさ、見事な演奏でした。そして本当に楽しい公演でありました。
東京芸大卒の4人は共に信頼し合い、心を許し合っている暖かい雰囲気でありながら、
お互いをプロとして尊敬している素晴しい人達でした。
鈴木さん、東さん、江川さん、冨岡さん、本当にありがとうございました。これからも
たくさんの人を魅了し続けて下さい!



〜次回、ついに屏風ライブシリーズ最終回!!!〜
屏風ライブシリーズ「4つの扉」第4弾 小林武文produce
「屏風から聴こえてくる音 琴鼓’n管(キンコンカン)」
琴鼓’n管カルテット
入場料:全席自由 一般2,000円 学生1,000円(当日各500円増)
10/29(金) 開場18:30 開演19:00
出演:小林武文(ドラム・作曲)、チェ・ジェチョル(杖鼓)、相川瞳(パーカッション)、
上原なな江(パーカッション)、鈴木広志(サックス)
託児受付:6か月〜未就学児までのお子さまをお預かりします。
10/22(金)申込締切・託児料1,000円 



2010/09/07 08:35:Copyright (C) 伝国の杜 情報BLOG
今月半ばに、行われる直江兼続公生誕450年祭!


共催イベントとして、戦国の杜では…






ゲッテンカ 米沢天下一は誰だ!

「戦国の杜 武士(もののふ)の時代大決戦!」



なんと、ゲッテンカの大会が開催されまーす!!(パチパチパチ

日程などは下記の通り


大会日時:平成22年9月18日(土)

     午前の部:10時45分〜受付開始

            11時00分〜大会開始

     午後の部:13時45分〜受付開始
  
            14時00分〜大会開始

     ※受付は大会当日指定時間までにご来場のうえ登録完了の事

対戦受付人数:16名(応募多数の場合現地抽選)

対戦方式:1人 vs 1人(1ラウンド制)

参加費:100円


さらに、MCとして「瓦版屋 コッシー&ケンサク」様も来てくれまーす!



ゲッテンカとは何?というかた
下の、画像からゲッテンカ公式HPの方へいけます。



ぜひ皆様大会の方、ご参加ください!

そして!米沢天下一は、一体誰になるのかぁーーー!?



...もっと詳しく
2010/09/05 11:42:Copyright (C) 戦国の杜STAFFブログ
伊達政宗公が梵天丸時代生活した区域の案内板ができました。






最上家臣余録 〜知られざる最上家臣たちの姿〜 


【志村光安 (10)】


まとめ


 志村光安に関わる慶長期以前の書状史料は皆無で、最上氏が勢力を拡大する段階での動向は周辺史料に頼らざるをえず、従って詳細な検討は困難であった。ただ、義光が最上家中の実権を掌握した初期の段階から近臣として義光に付き従っていたことは確かであろう。
 光安が通称として「九郎兵衛」を名乗っていた事について、いくつかの周辺史料にその記載が存在している。嫡子の志村光惟が「九郎兵衛」を襲名している事から考えても、恐らくそれは事実としてよいだろう。その後光安は通称を「伊豆守」に変更しているが、その画期は慶長初期頃であろうと推測される。
慶長五(1600)年、慶長出羽合戦において、光安は長谷堂城の守将として活躍した。上杉軍撤退後、最上軍は諸城奪回の動きを見せるが、当年から翌年にかけての庄内攻めにおいて光安は主導的役割を果たしていたようだ。
 その後、光安は、新関久正・下吉忠らとともに最上家へ加増された庄内へと配属された。酒田城主として転出した以降の史料は豊富であり、光安ならびに庄内諸将の動向をある程度検討する事が可能であった。
 書状史料を検討するかぎり、最上中級直臣衆出身の進藤但馬・日野備中・原美濃らが庄内において内政実務を実行していたように見受けられた。筆者は、まず前提としてこれらの者たちが事実志村らの家老職であったかどうかを再検討し、城付きの家老であることはほぼ確実であったろうとの再確認を行った。その上でこれらの者達の権限を検討したところ、原・進藤らは各々密に連絡を取りながら領内の民政を行い、警察権、徴税権を行使していることが判明した。その上で志村光安は庄内衆の取り纏め役として由利・庄内・山形の連絡を仲介する役割を負っていたようだ。しかしながら、藩政における大規模事業である治水事業は義光主導で実行された形跡が顕著で、実務に当たったのは中低級の義光直臣層だった。つまり、庄内の政治権力は上下を問わず志村・新関・進藤ら最上氏直臣層出身者に握られており、またその施政の背景には義光自身の意向が強く働いていることが想起される。ゆえに、庄内は義光直臣層による領国支配のテストケースだったのではなかろうか、という仮説を提示しえるだろう。
<了>

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2010/09/04 14:09:Copyright (C) 最上義光歴史館
昨日は午前中神社でお出迎え、午後からは戦国の杜にてお客様をお出迎え。








宮城県から来館された「仙台市立南光台中学
2年生」の面々とパチリ!


武将隊も結成から早や1ヶ月。
お出迎えも板についてきました。

以前にもお伝えしたとおり

9/4は大峠レインボーウォーク2010
9/5は日本一の芋煮会フェスティバル

と居城「戦国の杜」を留守にしますが
運がよければフルメンバーとの記念撮影も
できるかも…

来週は結構「戦国の杜」でもお出迎え
できるので是非お越しを!!
2010/09/03 09:24:Copyright (C) 戦国の杜STAFFブログ
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