戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

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仙洞院(せんとういん):戦国観光やまがた情報局|山形おきたま観光協議会

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戦国観光やまがた情報局
仙洞院(せんとういん)
永正21年(1524)〜慶長14年(1609)
 綾姫。上杉景勝の生母で、上杉謙信の姉でもある。父は越後守護代長尾為景、母は虎御前。
 坂戸城主長尾政景に嫁ぎ二男二女をもうけた。長男義景は10歳で早世、二男顕景は後の景勝、長女は上条城主・上条政繁に嫁ぎ、二女は上杉景虎(北条氏政の七男で謙信の養子)に嫁いだ。
 夫政景の死後、才気煥発な少年樋口与六(後の兼続)を見出し、喜平次(景勝)の小姓として推挙。その後謙信の招きで、景勝とともに春日山城へと移り、景勝は謙信の養子となった。
 仙洞院は、「御館の乱」で景勝と景虎(二女の夫)が争うことになり辛い立場に置かれながら、動乱の時代を景勝とともに歩んだ。
 その後、景勝の移封に伴い会津そして米沢城へ移る。慶長14年(1609)2月15日、米沢城二の丸で死去。享年85。墓は米沢市林泉寺にある。

 大河ドラマ「天地人」では、仙桃院、二女は華姫となっている。

2009/08/20 23:10 (C) 戦国観光やまがた情報局
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