令和7年度の上杉文華館は「謙信・景勝に手紙を書く」と題して、国宝「上杉家文書」などを展示します。
戦国時代、書状は一定の規則に則って書かれました。このような規則を書札礼といい、差出人と受取人の関係が反映されていました。それをまとめた書札礼書 も作られました。そこには差出者の社会的地位に応じた規範が示されています。その適用は厳密であり、ゆえに実際の書状の書き方から両者の関係を知ることも できます。東国の大名間では、差出は実名に花押、宛名は名字に殿の尊称という表記が、原則的に対等な関係を示していました。特別な内容や礼状などでは、宛名に「謹上」のような上所、差出の実名に官途や姓などを加えて厚礼とし、より丁寧な気持ちを表すこともありました。
永禄4年(1561)、謙信(長尾景虎)は上杉憲政から名跡と関東管領の地位を譲られ、上杉氏を名乗ったことはよく知られています。これによって謙信、景勝 はその地位に応じた書状を受け取ることになりました。宛名には、「上杉殿」や「上杉弾正少弼殿」などの名字を冠したもの、「山内殿」や「越府」、「春日山」 などの地名を記すもの、また本人ではなく、報告を求めて側近に宛てたものなどがみられます。これらは差出人の立場によって選ばれますが、その基準をみていくことで、謙信や景勝の地位、諸大名家の権力構造、東国社会の変容などがみえてくると思われます。
2025年度はこの解明に取り組んでいきます。
第6回《地名に送る》
【展示期間】8月28日(木)〜9月23日(火祝)
展示目録はこちら
第6回目は、宛名に地名を書くことがテーマです。このような書き方を「小路名 こ う じ な 」といいます。「山内殿」の山内も、謙信が継いだ上杉氏が鎌倉で屋敷を構えて いたところなので、小路名ですが、今回はそれ以外の地名をみます。謙信・景勝宛にみられるのは「越府 え っ ぷ 」と「春日山」が主たるものです。ほかに「府内 ふ な い 」も1点 だけあります。これらは「山内殿」を使う大名よりも規模の小さい「国衆 くにしゅう 」に位置付けられる領主が主に使っていたと考えられます。「国衆」は規模は小さいなが ら、戦国大名同様の支配を行う存在でした。もっとも、「越府」と「春日山」の使い分けについては、はっきりとしないことが多く、今後の研究の深化が必要です。 また、「国衆」であっても、これらの小路名を使わず、より謙信・景勝に厚礼 こうれい な書札礼 しょさつれい である「披露状 ひろうじょう 」の様式を用いる領主もいました。これは謙信・景勝に直 接宛てずに、その側近や重臣に宛てて、伝達(披露)を求めるというものでした。そのような違いの理由にも目を向けていきます。
▼ コレクショントーク
日時:9月7日(日) 14:00
場所:常設展示室 上杉文華館
※入館料が必要です。
令和7年度上杉文華館展示スケジュールはこちら
皆さまのご来館を心よりお待ちしております。
【お問い合わせ】
米沢市上杉博物館 0238-26-8001