戦国観光やまがた情報局

御入水堰(おいりみずぜき)
三の丸外の侍町、町人町、寺町の小路に水路を通し、城下の生活用水とするため、松川上流と大樽川中流から引き水を図り、松川からの用水路として開削したものです。

慶長7年(1602)頃から着工。南原六十在家(現芳泉町)上西岸から堰上げ、笹野街道の天神清水・大清水・新清水・吉野清水などの湧水を加え、城下南端の七軒町に導水。ここから本丸・城下南部・東部・北部へと配水することで士民の用水に供されました。

御城に入る水なので御入水と敬称したと言われています。

▼交通:JR米沢駅から車で約10分
▼地図:Google Maps

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城下を流れる「御入水」

山形大学工学部の東側。

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城下を流れる「御入水」

城南一丁目地内。(まもなく米沢城です)

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上杉家ゆかりの史跡
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